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昔の文学には、興味深いのがたくさんありますね。学校でいろいろ習ったときは、特にあまり感じなかったのですが、 ある程度大人になってから、それらのものに接すると風情が感じられます。最近のものもご紹介しています。 では、よろしく御願い致します。
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2007/11/15 日記<竹取物語>
竹取物語
竹取物語(たけとりものがたり)は、かぐや姫を主人公とする日本の物語である。日本一の一覧|日本最古の物語とされる。『源氏物語』では、「物語のいでき始めの祖」として言及されている。光かがやく竹の中から出てきたなよ竹のかぐや姫が、竹取の翁の夫婦のもとですくすくと美しく育ち、貴公子や時の帝から求婚を受けるが、すべて拒絶して月に帰っていくまでの物語。書かれたのは平安時代の前期と考えられているようだが、まだよくわかっていない。万葉集巻十六の第三七九一歌には、「竹取の翁」が天女を詠んだという長歌(竹取説話)があり、この物語との関連が疑われる。
あらすじ
竹を切って来ていろいろな事に使って暮らしていた竹取の翁の夫婦がいた。ある日、竹取の翁が竹林に出かけていくと、根元が光り輝いている竹があった。なんだろうと思って切ってみると、中から9センチほどの美しい人が出てきたので、自分たちの子供として育てることにした。その日から竹の中に金を見つける日が続き、竹取の翁の夫婦は豊かになっていった。翁がみつけた子供はどんどん大きくなり、三ヶ月ほどで年頃の娘になった。この世のものとは思えないほど美しくなった娘に、人を呼んで名前をつけることになった。呼ばれてきた人は、「なよ竹のかぐや姫」と名づけた。この時、男女を問わず人を集め、三日にわたって様々な遊びをした。世界の男たちは、高貴な人も下層の人も皆なんとかしてかぐや姫と結婚したいと思った。その甲斐もないのに、竹取の翁の家の周りをうろうろする公達は後を絶たなかった。彼らははまるでホームレスの様に竹取の翁の家の周りですごしていた。そうこうするうちに、熱意のないものはこなくなっていった。最後に残ったのは、好色といわれる五人の公達で、彼らはあきらめず、夜昼となく通ってきた。彼らの名は石作皇子、車持皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂といった。彼らがあきらめそうにないのを見て、翁がかぐや姫に「女は男と結婚するものだ。お前も彼らの中から選びなさい。」というと、かぐや姫は「『私の言うものを持ってくることができた人と結婚したいと思います』と彼らに伝えてください」と言った。夜になると、例の五人が集まった来た。翁は五人の公達を集め、かぐや姫の意思を伝えた。その意思とは石作皇子には仏の御石の鉢、車持皇子には蓬莱の玉の枝、右大臣阿倍御主人には火鼠の裘、大納言大伴御行には龍の首の五色の珠、中納言石上麻呂には南海の燕の子安貝を持ってこさせると言うものだった。しかし、石作は只の鉢を持っていってばれ、車持は偽物をわざわざ作ったが職人がやってきてばれ、阿倍はそれは燃えない物とされていたのに燃えて別物、大伴は嵐に遭って諦め、石上は取ろうとして腰を打ち、断命。結局誰一人として成功しなかった。そんな様が御門に伝わり、御門が会いたがった。翁が取り持ったが、彼女は拒否し、一度は姿を見られたものの、あれこれ使って結局御門も諦めさせた。しかし、彼と歌の交換はするようになった。そうしているうち、ある旧暦も8月、姫は夜に泣くようになった。はじめは話さなかったが、(旧暦の、以下略)15日が近づくにつれ、泣き方が激しくなり、翁が問うと、「自分は別世界のものであり、15日に帰らねばならぬ」という。それを御門が知り、勇ましい軍勢も送った。そして当日、子の刻(2時)頃、空から人が降りてきて、彼女を連れ去った。そのとき、姫は御門に不死の薬を送った。しかし帝はそれを駿河の日本一の一覧|日本で一番高い山で焼くように命じた。それからあの山は「不死の山」(後の富士山)と言う。登場人物と時代
一説には、かぐや姫自身も実在の人物ではと言われているが、かぐや姫に求婚した人物は実在の人物をモデルにしたとも言われている。物語は平安時代前期と言われているが、モデルとなった人物から飛鳥時代、奈良時代で有ることが伺える。石作皇子、車持皇子は何れも「皇子」の称号を付けている。平安時代には「親王」と称号が変わるため少なくとも奈良時代以前の人物だと言うことが推測できる。阿倍御主人、大伴御行、石上麻呂も奈良時代、飛鳥時代の人物と推測する事ができ、車持皇子は「車持千年」、阿倍御主人は「阿倍仲麻呂」かその一族の者(恐らく万葉集に登場する人物が有力)、大伴御行は「大伴宿禰田主」かその一族の者、石上麻呂は「石上麻呂」がモデルではと言われている。殆どが、壬申の乱から持統天皇の時代の頃の人物である。また、車持千年や大伴宿禰田主、石上麻呂は万葉歌人で、安倍氏も万葉歌人に見ることが出来る。一見、何も繋がりの無いように見えるが、実は全員、繋がりがある。石上は伊雑宮の管理者で、大伴はその御食地の管理者、車持は米に関係するので伊雑宮の関係者、安倍は陰陽道の関係者で、祖先は御食地を統べる膳氏と同じ。子孫は大伴が管理する御食地のセーマンドーマン|お呪いの関係者。さらにその御食地は石工と呼ばれる石を組んで建物の基礎を作る人を多く輩出した場所でもある。また、かぐや姫の名付け親に「いんべ」と言う名を見ることが出来る。奈良時代の「いんべ」と言えば忌部氏(いんべし)の事で、これらの御厨を統べていた人でもある。つまり、かぐや姫の求婚者は全員、名付け親と共に働いていた人たちであった訳でもある。因みに、忌部氏は宮中の祭事を司っていた人でもあり、ダイダラボッチ|ダンダラボッチ等の伝説も忌部氏に纏わる伝説である。また、四国の阿波から、奈良県、三重県、千葉県の房総まで活躍した一族でもあり、安房、員弁郡などの多くの地名を残している。 求婚者の仕事と要求された物の謎解き
奈良時代、平安時代に於いて物を要求する場合には、単純にその物ズバリを指すのではなく推測させて要求する場合がある。例えば、「逢ふ坂も 果ては 行き来の 関も出ず 訪ねて来い来 来なば帰さじ」と詠い、「少量の香料」(「あわせたきものすこし」という意味)を要求するなどかなり回りくどい要求をする。出す側が推測しなければならないと言うことを考慮に入れて考えれば意外と物が見えてくる。また、求婚者の名前から時代背景が見えてくる。例えば、「皇子」は奈良時代の呼び方で平安時代になると「親王」と変わる。この事から物語の舞台は奈良時代であることが推測できる。諸説はあるが、これはその一例。
:品物は「立派な寺」。石作は建物を造る意味でもある。鉢は器だが仏の御石と言う言葉の掛け合わせで、仏教寺院と推測できる。昔は手に乗る器も鉢と呼んでいた。また、仏教で使用されるサンスクリット語では鉢を日本語に直すと屋根瓦となる。人は仏の手のひらにいるという意と、器という建物の意を合わせた物。*車持皇子-蓬莱の玉の枝
:品物は「豊作の米」。車持(くらもち)は倉庫の管理者という意味もある。「蓬莱」とは日本のこと、「玉の枝」は稲穂。万葉言葉の残る地域では冬になると餅を玉状にし、枝に刺して豊作を願う。万葉言葉の残る地域では小さなこれらの餅を「こもち」とも言う。*右大臣阿倍御主人-火鼠の裘
:品物は「甲冑」。モデルと言われている阿倍仲麻呂は遣唐使として知られる人物。当時、日本は唐から多くの物を輸入していた。「火鼠の裘」は火矢にも負けない衣、つまり唐の甲冑と言うことが推測できる。
::通常の解釈では火鼠の裘は火浣布(ヒカンプ、崑崙山のそばの火山に燃える木に住むネズミ毛で編む)だといわれる。西洋だとサラマンダーの皮といわれている。これは石綿で作られたと推測されている。*大納言大伴御行-龍の首の五色の珠
:品物は「国の統一」。大伴氏は奈良時代に於いては武家として活躍する。昔の発音では「首」は「くび」ではなく「おびと」と読み一族の首領を指す。珠は真珠。つまり「胡」(静かな海)で産する物。奈良時代、大伴氏の管理地、志摩国で産した御物の一つ。五色の真珠で「五胡」という意味になる。「五胡」を統一してしまった人物というと「劉邦」。つまり龍の首。劉邦の様に国を統一する事業である。*中納言石上麻呂-南海の燕の子安貝
:品物は「貨幣制度」。子安貝は昔の貨幣。石上(いそのかみ)は持統天皇の時代の役職名。モデルを強いて上げるなら、万葉歌人の石上麻呂。「南海の燕」は「斉」という国。「燕」の南海に位置する。日本の貨幣制度は中国の「斉」から来ているとも言われている。モデルとなった石上は伊雑宮の責任者であったが、伊雑宮にある言い伝えでは日本の米は「斉」の「御田」から天照大神が持ち込んだ物とされている。つまり、斉と繋がりのあった人物でもある。現在三重県の志摩市にある石上神社に祀られているとも言われている。余談ではあるがアテネオリンピック (2004年)|アテネオリンピックでマラソンの野口みずき選手が付けていたお守りは、伊勢神宮と石上神社のお守りである。
起源説―『斑竹姑娘』
『竹取物語』の起源については、東アジア一帯に広く伝わる「羽衣伝説」の影響を指摘する者もいる。しかしながら、諸説あるもののまだ一致を見ない。一時期は、チベットに伝わる民話が原『竹取物語』ではないかと議論されたことがあった。それは、1950年代前後にチベットで採取された民話をまとめて出版された『金玉鳳凰』という本に所収されている、『斑竹姑娘』(パヌチウクーニャン)の物語である。題名の意味は、「まだら竹の娘」とでもいうものらしい。この『斑竹姑娘』の内容は、竹の中から生れた娘が母子で暮らす一人息子と出会い、領主の息子たちが権威をかさに着て無理矢理求婚しようとするが、様々な難題を出してことごとく退ける。そして彼女はめでたく意中の人、一人息子と結ばれることになる、というものである。竹から生れた娘が複数の男から求婚され、娘は求婚者に「何何が欲しい」と難題を出し、各々がさまざまな苦労をして求められた宝を探す、という筋(「求婚難題譚」と呼ばれる)が『竹取物語』と酷似しているため、これこそが原『竹取物語』ではないかと疑われたことがあった。しかし、こうした起源説については、日本文学研究者を中心に反論がなされている。例えば、この物語が実際にチベットで連綿と伝えられてきたのであれば、周辺にも似たようなバリエーションの物語が散らばっているはずなのに、そうした状況は見出されていないこと、また『竹取物語』は、11世紀初頭の『源氏物語』にも言及がある古い物語であるのに対し、『斑竹姑娘』は20世紀半ばの採取で、それより過去にさかのぼることが困難であること、などが反証として挙げられている。ここから、実際の物語伝播は逆方向で、『竹取物語』のあらすじがチベットに伝わって、『斑竹姑娘』が作られたのではないかと言われている。実際、戦前のチベットには日本軍の密偵がさかんに入り込んでおり、彼らのうちの誰かが地元の人に『竹取物語』を話して聞かせたという説すらある。
万葉集の竹取説話
万葉集 (萬葉集)巻十六「由縁ある雑歌」には竹取物語の原型ともいうべき万葉集#竹取説話|竹取説話が所載されている。
これを扱った作品
関連項目
外部リンク
竹取物語のテキスト
かぐや姫の里
『竹取物語』への招待
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